日本語と英語の人格。ホントの人柄が出るのは

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日本人で日本語と英語で喋った感じの雰囲気が違う人に会ったことないですか?
自分は接客業をしているせいか、ニュージーランドにいる日本人に会う機会がそれなりにあるからかもしれませんが、そう感じることがよくあります。

その違いは英語が上手な人になればなるほど出てくるようです。そして、そういう人に出会う度に、なんでだろう?と不思議でした。

ところがいろいろ考えた結果、自分なりに何でなのか答えを見つけることができました。

それは日本語の訛りとか、その人がアメリカ英語を喋るのか、Kiwi英語を喋るのかなどの違いではなかくて、英語(第二言語)を喋ると、内側の自分が出てしまうんじゃないか?って思ったんです。

というのも

日本語は生まれたときから身につけてきた言葉です。
それは自分の意思で選んだ言葉ではありません。両親に教わって、両親の言葉遣いを基準に育ってきます。

もちろん中学生くらいからの友だちの影響もあるけど、どこか根底に「親」の存在があるはずです。その言葉から「育ち」や「親のしつけ」が見えてきます。

ところが英語の場合。
どういう人たちと一緒にいて、どういう話をするのか、どういう映画を見るのかが、その人の英語を左右します。

素行が悪い人と一緒にいれば、それにあった言葉遣って似たしゃべり方を覚えていくでしょうし、上品な人たちと一緒にいれば上品な言葉になっていくはずです。黒人が好きで黒人映画ばかり見ていれば、そういう言葉ばかりをピックアップしていきます。

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よくある「えっ!」という違い

うちのカフェに来るお客さんで流ちょうな英語でずーっと話しているときの印象は「粗野」「がさつ」なのに、こっちが日本人だとわかった瞬間に日本語で「Flat Whiteとサンドイッチを1つずついただけますか?」とすごく丁寧なしゃべり方に急変する人がいます。
そのとき、声も英語だと粗野な感じ(低め)で、日本語だとトーンが1つあがったりします。

英語初心者で英語の丁寧な言葉とかを知らない人ならまだしも、流ちょうな人はその粗野・がさつなのが彼女自身なんだと思います。

ほかの例だと、日本語だと「〜でございます」とかお嬢さまみたいなしゃべり方をして、何をするにも控えめな感じを醸し出しているのに、英語になると悪態を付いたり、叫んだり人格が変わったみたいに自分を前に出してくる人がいました。
英語で大きな低めの声で悪態をついて、そのすぐあと「お疲れさまでございます」なんて言ってるのを見るとホント「ジキルとハイド」?って思ってしまいます。

良いとか悪いじゃないけれど

言葉遣いってその人がどんな人なのかを示すすごく重要な要素だと思うんです。

自分がどのくらい英語と日本語で違うかわからないけど、ちょっと気をつけようと思ったある日の午後でした。

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