小説”十五少年漂流記”の舞台はニュージーランド

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子供の頃「十五少年漂流記」と言う小説を読んだり、アニメを見たことがある人いますか?

きっと子供の頃、読書感想文の推薦書に選ばれたり、アニメ化も何度かされているので、見たことがある人も多いと思います。

実はこの十五少年漂流記のスタート地点はもちろん、子どもたちがたどり着いた無人島もニュージーランドが舞台だったんです。そこで今日は十五少年漂流記とニュージーランドについて紹介したいと思います。

十五少年漂流記ってそもそも何?

十五少年漂流記は今から120年以上前の1888年にフランスで出版された少年向けの冒険小説です。もともとの原題「Deux Ans de Vacaces」英語だと「Two year’s vacation」と言う名前でした。「2年の休暇」ってことですね。

日本で紹介されたのは意外と早くて原作が発売されてから8年後には翻訳版が発売されました。この時のタイトルは「冒険奇談 十五少年」で、このときに「冒険」と言う言葉が生まれたというから驚きです。その後、「十五少年漂流記」と言う名前で出版されて名前が定着しました。

十五少年漂流記 (新潮文庫)

これが現代版の表紙です。なんだか船が空を飛んでいて、ずいぶんポップな感じですね。

アニメ化は1978年、1982年、1987年の3回、さらにNHKやTBSでドラマ化されたりしています。あと「十五少女漂流記」なんて言う映画もありましたね。

そんな原作の舞台がニュージーランドだったんです。ビックリですよね。

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十五少年漂流記の舞台はニュージーランド

簡単にこの話のあらすじを書くとこんな話です。

チェアマン寄宿学校(Charman Bording School)の生徒が夏休みを利用して6週間の沿岸航海に行くはずでした。
ところが8才から14才の生徒14人と黒人の水夫見習い1人は出発前夜に船に忍び込み、何故か気が付いたら船は沖に出ていて、そのままなすすべもなく無人島に辿りつく。そしてその後その無人島で2年間生活し、自分たちの代表「大統領」を選出したり、その無人島で社会を築いていく。

十五少年漂流記の舞台は1860年3月です。
子どもたちはオークランドにあるチェアマン寄宿学校に通っていました。1860年と言えばニュージーランドが建国してまだ20年。開拓史ですね。

寄宿舎、しかも本の中で「植民地のもっとも良い家族の子どもたちが来る学校」と書かれているので、子どもたちは育ちのいいお金持ちの子どもだったのは間違いありません。小説の中に出てくる子どもたちはアメリカ人だったりフランス人だったり、さらに水夫見習いは黒人だったので、奴隷制度なんかも垣間見ることができます。

Chatham Islands in the Strait of Juan de Fuca British Columbia Canada
© mbell1975

そして流れ着いてしまった場所がニュージーランドの東800キロほどのところにある島チャタム島(Chatham islands)でした。

チャタム島は今は人口600人いて、原作では無人島ということになっているんですけど、実際は1500年くらいからポリネシア系の人たちが住み着いていて、小説の舞台になった1860年にはイギリス領になっていました。ちなみに場所はこちらです。

オークランドの船着場を想像すると…

子供の頃、この小説がニュージーランドを舞台にしているだなんて全然知りませんでした。
もちろんもし知っていたとしてもその時は今みたいにニュージーランドに思い入れがあったわけでもないので、「ふーん。ニュージーランドってどこ?」程度だったと思います。

でも、改めてオークランドから船が出て遭難したことを考えると、オークランドのフェリーターミナルとか博物館で見たニュージーランドの古い写真が頭のなかをよぎりました。ちょっと時間を取って読んでみてもいいのかな?なんて思います。

アマゾンを見てみたら文庫版Kindle版もあるので、どちらか買って読んでみようと思います。レビューを見てみると子供の頃はただの冒険物語だったのに、大人になって読んでみるとすごく政治的で、奴隷制度とかいろいろ当時の様子がわかるそうですよ。

小説自体からニュージーランドの雰囲気を感じたりすることはないかもしれないんですけど、例えばニュージーランドに来る機内で読んでみたりすると、どこか旅のドキドキ感と相まってより楽しく本を読めるかもしれませんね!

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