時代の風潮って怖い。かつてニュージーランドにウランアイスクリームがあった

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ニュージーランドにはかつて「ウランアイスクリーム」というものが販売されてました。

「かつて」というのは今から60年くらい前の1955年の話だからです。
その頃の時代背景を紹介しながら、どんなアイスクリームだったのか紹介していきます。

なんでこんなアイスクリームが発売されたのかを知って思うことは、時代の風潮、世の中のブームって怖いなということです。何も知らないからできてしまうことってありますよね。

1955年当時の時代背景

1955年といえば昭和30年、第二次世界大戦が終わって10年、日本は戦後の活気ある社会に向かって邁進していた時代です。
この年にトヨタのクラウンが生まれたり、東京の後楽園遊園地が完成したり、広辞苑や女性漫画雑誌の「りぼん」が発売されたのもこの年です。

一方その頃、世界的には第二次世界大戦のあと主にアメリカやイギリスなどが先頭に立って、原爆や原子力発電所の燃料として使うウランの発掘に力を入れていました。

各国はウランは相当高い値で取引されることを知っていたので、自分の国からウランが見つかれば経済がものすごく潤うと考え、発掘に力を入れていました。もちろんニュージーランドも他の国と同じでした。

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1955年当時のオークランド Newmarketを上空から撮ったもの © National Library of New Zealand

ニュージーランドがウラン探しを国内でするようになったのは1954年からです。
政府はガイガーカウンター(放射線測定器)の作り方や、どうやってウランを見つけるのかを説明する小冊子を作ったり、さらにはウラン探しを週末のちょっとした趣味のような扱いで、広めようとしたそうです。

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国がゴールドラッシュならぬ「ウランラッシュ」ムードを作り上げたため、「ウラン Uranium」や「原子力の Atomic」といった言葉がどこか格好良い雰囲気すら作り出されてしまいました。

そして1955年、ニュージーランドの南島、西海岸にあるBullar Gorgeで少量ながらもウランを含んだ石が発見され、そのムードはさらに白熱しました。

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© Te Ara The Encyclopedia of New Zealand

そしていつしか「ウラン」という言葉自体がファッショナブルな言葉にすらなっていました。例えば化粧品でも「光り輝く赤」みたいな使い方で「Atomic Red」なんていう言葉が使われたりしました。

そんな中生まれたのがウランアイスクリーム

そんな流れにのったのが、アイスクリーム屋で販売されたのが「ウランアイスクリーム」です。

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© Te Ara The Encyclopedia of New Zealand

このアイスクリームがどんな味だったのか、また本当にウランを含んでいたのかは記録に残っていません。
もちろんウランが本当に入っていたとは思えませんよね。感覚的には「うぐいすパン」や「キツネうどん」にうぐいすやキツネが入っていないのと同じなんじゃないかな?と思います。

i will deeply, trully miss:

ちなみにウランの色は銀色、鉄と同じ色をしているそうです。
なので、雪(Snowflake)みたいにキラキラしたアイスクリームだったんじゃないかな?と勝手に推測しています。

何も知らないことの怖さ

当時、原爆の破壊力はニュースで見たりして知っていたかもしれません。でも、その後訪れる放射能の怖さとか、ウラン探しが結局被曝につながるかもしれないことなど、ニュージーランド人だけでなく多くの国の非意図日と一般の人達は知らなかったはずです。

その結果、一攫千金を狙う人たちが発掘をしたり、その浮足立った感じにカッコよさを見出した人たちはAtomic Redとか、Uranium Ice Creamなんていう名前をつける人が現れるわけです。

もちろん当時の人たちは何も知らないからしょうがないんですけどね。

でもなんとなく、この「何も知らない」「知らされていない」と言う怖さは今の自分たちにもきっと当てはまることがたくさんあるんだろうなと感じずにいられませんでした。

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