NZ雑学・豆知識

2月6日は祝日「ワイタンギ・デー」でも、いったい何の日?

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ニュージーランドでは、毎年2月6日はワイタンギ・デー(Waitangi Day)と呼ばれる祝日です。

今年2020年は2月6日が木曜日。金曜日を休みにして4連休にしている人も多いそうです。

今日は日本人にとってはまったく馴染みのない祝日ワイタンギ・デーがいったいどんな祝日なのか、少し紐を解いていこうと思います。

まずその前に歴史的な背景を

Waitangi Day Celebration

ワイタンギデーがどんな日なのか知るために、ニュージーランドの歴史を少しだけ振り返ってみたいと思います。

ニュージーランドはその昔、人どころか哺乳類すら住んでいない野鳥の国でした。そこに1000年ほど前、海を渡ってやってきたマオリ族でした。

それから600年ほど経って、世の中は「大航海時代」と呼ばれる時代に突入。学校の授業で耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。また「大航海時代」というゲームもあります。

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ポルトガルやスペインなどヨーロッパ各国が、世界中の海を航海し始め、1642年オランダ人のエイベル・タズマン(Abel Tasman)がニュージーランドを発見。ただこの時エイベル・タズマンはニュージーランドを南アメリカ大陸の西側だと勘違いします。

そこから100年以上経った1769年10月にイギリス人のジェイムス・クックがニュージーランドを再発見し、地図上にニュージーランドが記されることになります。

そこから捕鯨や交易を目的としてヨーロッパから人々が訪れ始め、ヨーロッパの人たちの移り住み始めます。

この時点でマオリ族はニュージーランドは自分たちが最初に見つけた、神に与えられた土地です。何百年も自分たちの文化を築き、守り続けてきました。

そのためマオリ族は神に与えられた土地を守る者・後から来たヨーロピアンは侵略者という構図が生まれてしまいました。

そうなるとお互いが土地の権利を主張した戦争が勃発します。マオリ族は戦いを好む民族なので争いが絶えません。戦国時代です。無法地帯。群雄割拠の世です。

そこへ来て1839年にイギリス人によって移民の会社が設立され、ヨーロッパ人がさらに流れ込んでくることになりました。

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マオリとヨーロピアンのあいだで武力衝突がさらに激化、血で血を洗う争いになるのは目に見えてわかることでした。

解決策として提案された「2つを1つにする条約」

最初のヨーロッパ人が来てから約200年が経った1840年2月6日。

ワイタンギという場所でイギリスの働きかけによって、マオリの首長たちとイギリス政府のあいだで、ある条約が結ばれることになりました。

それがワイタンギ条約(Treaty of Waitangi)です。

ここがワイタンギです。オークランドから車で3時間です。

この条約の目的は「2つを1つにする」ことです。主なワイタンギ条約の内容は

  1. 全てのマオリ族は英国女王の臣民となりニュージーランドの主権を王権に譲る。
  2. マオリの土地保有権は保証されるが、それらの土地は全てイギリス政府へのみ売却される。
  3. マオリはイギリス国民としての権利を認められる。

というものでした。

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つまりマオリの人たちはイギリス人としての権利を与えられ、さらに土地の保有権も保証されるので、マオリにとって一見悪い条件ではないようにみえました。

言葉の違いから生まれる問題

Waitangi

一見、マオリ族にとって悪い条約ではなかったワイタンギ条約。

この条約はまず英語で作られました。
そして英語がわからないマオリの人たちのためにマオリ語に翻訳する必要がありました。

ところが当時、マオリ族とヨーロッパの人々では文化レベルに大きな差がありました。マオリ族は狩猟を中心に暮らし、ヨーロッパの人々は大きな船を石炭で動かし、太平洋を渡ってくることすらできました。

そのため言葉の文化レベルも大きく違ったため、マオリ語に存在しない言葉もたくさんありました。そこでこの条約のためにマオリ語には存在しない英単語を、マオリ語で新たに作る必要に迫られました。

これが大きな問題の始まりです。
何が問題だったのかというと、「誤訳」「言葉の違い」からさまざまな解釈の違いが生まれました。

一部ではイギリス政府が意図的にやったのでは?なんて話もありますけど、それは今となってはわかりません。

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問題にあった言葉はいくつもあります。
例えば「主権 Sovereignty」という言葉をマオリ語にした「Kawanatanga」は、「主権」と言うより「支配」に近く、マオリの人たちは白人に支配されているような内容に書き換わってしまいました。

しかもこの問題は条約を結んだあとで発覚し、マオリ族は明らかに不平等な条約であると訴えました。条約の間違いがきっかけで1860年頃から1872年まで戦争まで起こりました。

戦争はイギリスが武力で鎮圧。その後イギリス政府はこの不平等な条約について謝罪をするわけでも、間違いを訂正するわけでもなく、問題を放置しました。

放置といってもただの放置じゃありません。

100年にも渡る放置です。

100年にも渡る放置プレイのあと、1975年にワイタンギ条約で定められた権利について、再度審議・改定され、一部の土地がマオリの手に戻り、マオリ語も公用語として認められました。

今でも土地やマオリの権利については解決していなくて、問題が残っています。

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結局ワイタンギ・デーというのは

Waitangi Bowling Club

この条約をきっかけに国が1つにまとまったという意味では、「ニュージーランド」という英連邦王国 (Commonwealth realm)の国が誕生した日なので祝うべき日です。

また一般の人たちにとっては12月から続く長い休みの最後なので、多くのお店でセールが行われたり、大きな街では各種イベントがあったりと楽しいことの方が多いです。

でも、歴史的な背景は複雑で、マオリの人たちの一部は今でも「忌まわしき日」として、ちょっと物騒なことが起こってしまうこともあります。

この辺の問題はいろいろ繊細なので、もしかしたら解決することはないのかもしれませんが、なにとぞ穏便にしてもらえたら嬉しいなーなんて思います。

昔の日本をちょっと思い出しました

鎖国していた日本が、黒船の襲来などを経て開国したあと、さまざまな不平等条約を結ばされたりしました。

また終戦後にアメリカ政府が日本の政治に介入したことで、今まであった日本のシステムは大きく変わってしまいました。

もともといる人たちと侵入される人たち。
それぞれに言い分があるんでしょうけど、不平等というのはやっぱりよくありませんね。

ということで「ワイタンギデーとはいったい何?」というお話しでした。

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masa osada
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日刊ニュージーランドライフと日刊英語ライフを主宰しています。 → 詳しいプロフィールはこちら、個人のTwitter @masaosadaには日々の生活を載せています。フォロー大歓迎です。